【映画】ミスター・ノーバディ

6月3日 @渋谷ヒューマントラストシネマ

■あらすじ(映画.comから)
トト・ザ・ヒーロー」「八日目」で知られるベルギーのジャコ・バン・ドルマル監督が、人生の選択によって生じるさまざまな可能性を、複数のパラレルワールドで描くファンタジードラマ。2092年、科学技術の進歩により不死が実現した世界で、唯一命に限りのある118歳のニモは、死を目前にして過去を回想する。最初の選択は、9歳だったニモが別れた両親のどちらについていくかで始まった……。主演は「レクイエム・フォー・ドリーム」のジャレッド・レト

■予告


まもなくその生を終えようとしている118歳のお爺ちゃんが少しずつ思い出しながら自分の人生を振り返り語りだすと、そこには複数の人生があった…というお話。設定としてはこれだけ。しかし、ここで語られる沢山の分岐点から派生した幾つものエピソードが、時間軸も矛盾点も関係なく矢継ぎ早にあふれ出してきて、非常に複雑なパラレルワールドを展開していきます。にもかかわらず一つ一つの話はとても丁寧に描かれていて、次々と設定が変わるシーンがなぜか不思議なほど自然に繋がっていくのが見事。加えて、観る物を飽きさせない映像美はどれも彼の鮮烈な思い出を表しているようで、どのシークエンスにおいてもお爺ちゃんの妄想とはとうてい思えないほどの瑞々しさと人間味にあふれていて感動的です。

最初はストーリーの飛び交いっぷりの「???」と思いながらも、ビッグ・クランチ超ひも理論バタフライ・エフェクト等といったSF好きにはたまらない用語や設定を絡めつつ説得され、さらにそれでいて主人公ニモの行動理念は常に惚れた女のためという、とてもシンプルかつ強固な価値観を共有していくことにより、やがて全てのパターンの出来事・人生が確かにそこに存在している、と思わされてくる、なんとも奇妙な感覚になります。

118歳のニモの脳内にある無数の人生は、全てが正しいことなのか、あるいは全てが嘘の話なのか、作品内では最後どのように明らかにされるのかは、観た人がどのように判断するかに委ねる形になっています。パラレルワールドとは、時の流れに現行する世界が複数あると考えられるもので、何かしらのきっかけをもって互いに知る由もない別次元の世界を知ってしまうことが、SFの話ではよくある設定であるのですが、今作は基本的に現行の主人公は118歳のニモお爺ちゃん一人だけ。その彼が最初に「私は34歳なんだ」と言っていること、はたして今の彼自身もまた別のパターンが存在する内の一人なのかということ、そして彼の人生とは何だったのかということ等の、この作品の世界観の根底的なところについては、ラストの衝撃的な結末・セリフと共に新たな価値観を叩きつけてくれることで、その答えとしてくれるでしょう。

語り部であるニモの、そして監督ジャコ・ヴァン・ドルマルの伝えたかったことは、全ての人生を肯定することだと思います。
幾層にも重なる時空を自由に飛び越え、流れる水のように紡がれるニモの人生はどれも美しく、しかしどれも少しの悲しさを内包しています。選択の連続の中でしか生きることのできない我々に向かって、理屈と感情の渦の中で「全ての可能性が全て正しいのだ」と力強く訴えかけてくれる、壮大でポジティブで、めちゃくちゃ不思議なSF長編です。今んとこ今年ベスト級!

■公式HP
http://www.astaire.co.jp/mr.nobody/