父親のことと、大阪旅行記-2

関西の田舎に住んでいるかもしれないという予想は的中し、父とは連絡がとれた。
「生きているのかと思って」と告げると、あっけらかんに無事であることを関西弁で答えた。
ケータイの番号も変わっており連絡もとれないまま、不安を負わせて数年も放置しておいたにもかかわらず、相変わらずの軽妙な語り口に落胆と少しの安堵を覚える。
現在は地元で仕事を見つけ、畑仕事をやりつつ、体の具合が悪いという祖父の面倒を見ながら生活している。負債は返済した。との旨が告げられた。
信用性は置いておくとして、大風呂敷を広げた自慢口調と見栄っ張りな語り口は治っておらず、ため息と共に電話を持つ手から力が抜けていくのを感じる。
「とりあえずそっちに会いに行く、会って聞かせてもらいたい」
話にならないと思ってその由告げ、父と大阪で会うことになったのだった。
親の方から子供に会いたいと思ったりはしないんだろうか、という疑問は浮かばなかった。


数年ぶりに会った父は以前よりも老け込んでいる、と思ったが、それでも以前の記憶も曖昧なので、そのときからこんなもんかもしれないとも思った。
なんでだかよくわからないが父は俺の結婚かなんかの報告だと思っていたらしく、その無神経さに苛立った。今までもこれからもあなたのせいでそれどころじゃないし、爆弾かかえながら生きてきた俺の苦労がわかるか。自分の人生だし誰にも相談できないから意を決して会いにきたんじゃないか。という様な旨を訥々と伝えた。
父は上記の様に、今は大人しく生活していることを伝え、お前の心配事は今日までで終わりだ、みたいなことを言った。この10年間培ってきた不安と不信感を軽く流そうとしていて、例え実の子供といえど、人の痛みを解るような想像力はこの人にはないんだな、と思った。


父:お前が本当に困ったらいつでもこっちにきて生活できるようにしてある。私:そんなの別に今更出来るはずもない。車の免許すらないのだから。父:免許がないのか、それは取らなければならないだろう。私:誰のせいだと思っているんだ。

父:お前は本当に苦労していい経験を積んできたのだな。私:誰のせいだと思っているんだ。

父:あのころは羽振りのいい生活をしていないと仕事ができない、そういう時代だった。私:その十分の一でも家族に捧げてくれたことが一度でもあったか。

父:お前ももう一人前になったのだから次からは新幹線で来い。私:あんたが言うな。


噛み合わない会話の間をごまかすように焼酎だけがどんどん減っていく。連れて行かれた店の、高級なかに料理の味も舌を上滑りしていく。
自分の人生にとって大事な時期に、この人はいつもいなかった。だが、親が不在な子どもなどいくらでもいるし、そんなことは別になんとも思っていない。ただ、いないというのは、父の場合はそれだけ好き勝手に一人で暮らしていたということである。


彼の様な人をバブル経済がもたらした世の犠牲者だ、と言う意見もある。しかし、積極的に家庭を捨ててバブルの恩恵に一人であやかっていたこの人を許すことはやはりできない。妻とその子どもの今までとこれからの人生を暗く染めた父を、やはり許すことはできないのだ。


今まで、実際には父からの実害は被ることはなく、なんとか一人でも生きてこれた。今後はなんとか平和な暮らしになっていくと思う。祖父の面倒も見てくれているし、今の父の生き方に文句はない。
ただ会って、そのことを確認するための旅だったが、実にあっけらかんと言われて、口調や性格はまったく変わっていない様子を見せられると、やはり愕然とするものはあった。しかし思いっきり老け込んでいて、落ちぶれて別人の様に変わり果てた父を見ても、それはそれでショックだったかもしれない。色々複雑な思いはあれど、とにかく父親であることを受け入れることが精一杯だった。
そして父の口から謝辞が告げられることは、結局一度もなかった。


店の代金は全額父が出してくれた。それすら違和感を覚えたが、そういうものなんだろうと「ごちそうさまです」と告げた。父は笑っていた。


父はいつでも明るく振舞い社交的で、話題が豊富である。他人からみたら大変に魅力のある人間にうつる。そして周りにちやほやされながら、派手な世界で破滅していく、そんな人もいるものである。
日本を代表する歓楽街、大阪ミナミの夜を、それでも我がもの顔で闊歩する父親。そんな父親の背中を見ながら、「ああ、この人とは本当に住む世界が違うんだな」とか考えていた。そこにはなんの感情もなかった。


別れたあとのタクシーの中で答えの出ない考えが浮かんでは消える。東京人とわかってか、見事にふっかけられた料金に文句を言う元気もなく、フラフラとホテルに帰ってきた。


父は久しぶりの来訪を喜んでくれただろうか。
まどろみの中で生まれたそんな思いが、更けていく夜に霧散していった。



つづく