サマーバケーションEP

古川日出男著。
小説は年に2冊ぐらいしか読まないんほどなんだけど、これは各種webや書評での評判やあらすじを見るにつけ前々から気になっていて、本屋で取り寄せしてやっと年末ギリギリに手に入れることができました。
感想文なんだけど、ひょんなことからこのブログにたどりついて、これからこの本を読む予定がある人でネタバレを避けたい人は今日以外の日記をお読みいただきたく思います。


夏の井の頭公園。生まれつき人の顔が認識できないという奇妙な障害を持った主人公「僕」の、独特でもどかしい、でもけっして不快ではない純粋な一人称のモノローグで話は進んで行きます。
親しみやすいオーラと好奇心をもったたウナさんという青年、「僕」に声の体温が33℃と評されるも不思議と頼りがいがあり魅力的な女の人であるカネコさん。それぞれの理由で、いろんな意味での休暇が重なった三人の偶然の出会いから、彼らの“永遠に終わらない夏休み”を利用した、神田川を海まで歩く冒険の物語。
ほほえましい理由で頑固に参加することになるイギリス人男性と日本人女性のカップル。エネルギーのありあまってる小学生男子三人組。正体不明だがベストなタイミングで機転を利かせるおじさん。数奇な運命をたどってきた中国人の女の子雄の双子。信念を貫いて頑なな正義感に溢れた中学生の自転車グループ。
川が流れのなかで分岐したり合流したりするように、冒険の途中では様々な人たちが軽いノリで合流した別れたりするんですが、登場人物みんながお互いを踏み込むことなくすんなり受け入れる距離感が、夏の神田川沿いの水の光や緑の鮮やかさの描写と相まってとても爽快でした。
作中、いわゆるヤマ場やクライマックスのような大事件は起きないのだけれど、出会い、景色、出来事などなど、偶然と偶然の繋がりがどこまでもピュアな感覚を纏ったストーリーを、傍らに流れる神田川に沿いながらどんどん紡がれていく。そしてそれがどんなに凄いことなのかということをじんわりと染み込ませていく、とっても綺麗な小説です。
また、東京のいたるとろこの施設、住所、道路、あるいは商品など、たくさんの固有名が登場してきて、とてもリアリティのある映像が目に浮かび親近感が沸くと共に、彼らと一緒に自分も冒険をしているような感覚にさせる、ロードムービー的な作品でもあります。僕にとっては馴染みのありまくる、落合、高田馬場〜椿山荘を抜けて江戸川橋のカード下から水道橋、あたりまでがメチャクチャ楽しかったです。
ここ数年、冷え性を大分にこじらせて、年々冬がニガテになってきているんですが、また夏への憧れの情熱を炊きつけられる作品に遭ってしまいました。今年の夏は自分も井の頭公園から海まで歩いてみようかな、なんて思ってしまいます。こんな夏休み、俺も体験したいもの!
新鮮な驚きは東京だろうと何処だろうと、すぐそこに転がっているということを教えられた気がしました。超オススメです。

サマーバケーションEP

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